アラフィフからの挑戦!友人が看護師になりました。

20代の頃に知り合った友人が、51歳にして准看護師資格試験に合格!この春から看護師として働き始めることになりました。

今回は、友人にインタビューしたものを動画にまとめましたのでご覧ください。

①彼女の経歴

英語漬けだった20~30代

彼女が海外に行きたいと思うようになったのは、洋菓子店勤務時代に海外のお客様と接する機会があったためとか。この頃はあまり上手く話せず、英会話学校に通い始める。

その後、ワーキングホリデー制度をつかってカナダで1年7ヶ月すごした。

その後も、帰国してオーストラリア、帰国して米国へと、海外生活を繰り返した。

私はといえば、28歳の頃、出会い系サイトの先駆けみたいなものを使って色んな殿方と合っていた(笑)。 併せて手に職をつけようと英語を勉強していたのだけど、そんな中で出会った男性に教えてもらったのが英語カフェなるものの存在。

その英語カフェでは、たくさんの出会いと別れがあったけれど、私の人生にカラフルな色どりを与えてくれた場所だったことは間違いない。彼女と出会えたのもそのひとつ。

彼女はその時、カナダ生活を終えて日本で働いていた。おそらく彼女が25歳ぐらいか。

物静かではあったけれど、毎日のように来て、イベントにも必ず参加していた。発音がとてもきれいだった。

自然と友達になり、夜な夜な遊んでいた頃が懐かしい。

私と旦那が出会ったのも、彼女と難波のバーで飲んでいた時だった。

ボストンで挙げた私の結婚式にも、ブライズメイドとして来てくれた。

心揺れ動く40代

しばらくして、彼女はニューヨークに旅立ってしまい、私も子育てと仕事に追われる日々が続いた。ニューヨークから帰った彼女は40歳だったが、その頃人生において進むべき道を悩んでいたことは全く知らなかった。

だから、子育てがひと段落して、また会うようになったとき、看護師になりたいという話にびっくりさせられた。

*彼女の詳細経歴についてはビデオを見てね。

②彼女が看護師になろうと思った理由

日系人との出会い

そんな風に若い頃から海外生活を楽しんできた彼女だが、日系人と話す機会も多かったらしい。戦前から海外に移り住み戦争の折には収容所に入れられていた人々、戦後に生まれた人々でもいわれのない差別にあってきた人もいる。

彼女自身、時折、いわれのない差別を海外で受けてきたので、そういう人々と話すたびに、「何か自分にできることはないか」と思うようになった。

しかし、英語を習得することを目的としていた彼女には、何をすればいいのか、自分に何ができるのか皆目わからなかった。

そして、ずっと海外に住み続けたいと思いながら就労ビザがおりず、結局日本に帰らなくてはいけなくなる。

点と点がつながる

NY滞在中、彼女は専門学校でコンピュータを専攻していたが、そこには看護科もあり、そこで勉強している日本人女性とも知り合いになった。その女性から「今からでも看護師になれるよ」と言われたが、その時は考えられなかったという。

その後、帰国してもなかなか英語を生かせる仕事が見つからず、もんもんとした日々。ある日、「ER」というお気に入りの医療系海外ドラマを見ていると、点と点がつながったと言う。

「そうだ、看護師になって現地の病院で日系人のお世話をしよう」

③看護師への道のり

その時、既に47歳。看護学校を調べて受験するが不合格・・・。看護学校の試験には「数学」もあるらしい。数学嫌いの私には、それだけで、しり込みしてしまう。

しかし、彼女はひるまない。翌年再受験して合格。スタートラインに立てた。

働きながら、学校へ行き、自宅に帰って勉強する生活が続く。それでも1年留年してしまい、何度もくじけそうになったそうだ。

驚いたことに、クラスメートには60代の女性が2人もいたらしい。現役の介護職員でしっかりしていらっしゃる。とは言っても、60代の方が頑張っているのに、自分があきらめるわけにはいかないと思った。仲間のがんばりが力になる。

研修は特に厳しい。実際の患者さんが相手だからミスは許されない。一生懸命やっていても叱咤激励が飛ぶ。最後の年には、教官から「向いてない」とまで言われた。教官が強い責任感と愛情をもって生徒を育てようとしているのかわかっているが、涙が止まらない。でも、ここであきらめるわけにはいかない。時間もお金もかけてきたし、彼女にはその先の夢があるから!「なんとか、教官に認めてもらいたい。」その一心で食い下がった。

そして、卒業判定をもらい、准看護師の試験にも合格した。51歳寸前の事だ。

④これからの夢

就職活動も終わり内定ももらった。彼女は4月から看護師として実際に病院で務める。まだまだ、勉強しなければならないことは山積みだ。なにせ遅いスタートだから人の嫌がることを率先してやり、早く仕事を覚えなければならない。

でも、彼女は言う「自分の夢に一歩一歩近づいていることを実感できるので、ワクワク感しかない。」

もしかしたら、「海外で日系人のお世話をする」頃には、60歳になっているかもしれない。

彼女にとってそんなことはどうでもいい。今までだって夢はずっと叶えてきたから、今度だって必ず叶うはずと信じている。何よりも自分を信じているのだ。

アメリカやカナダにいると、日本人が年齢を気にしすぎることに気づかされるそうだ。自然と「歳だから無理」という考えは薄まり、日本で「その歳でよくやるね」なんて言われると、「そうなん!?なんで?」と思ってしまう。

病院で務めながら、今度は正看護師を目指すそう。

海外で看護師として新しい人生を始める60歳の彼女を見てみたい。心からそう思う。

50女の心得:「50女」と言うのをやめよう(年齢に惑わされるな)

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