私が特許翻訳者をやめた理由②

2019年、20数年間やっていた特許翻訳という仕事をやめた。

理由はいたく個人的なもので、他人様には何の参考にもならないと思うけれども、私の為に書き記しておきます。

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特許翻訳業はなくなると思う

翻訳にも色々分野があります。一般の人がすぐに思いつくのは、小説やエッセイ、絵本の翻訳だと思います。これらは文芸翻訳と呼ばれています。しかし、翻訳業界の中で圧倒的に多いのが産業翻訳。説明書やカタログ、論文、そして海外への特許出願書類。

私は、この特許翻訳を専門におこなっていました。

例えば、新しいタイプの電球を発明したとして、その電球がどんなものなのかを説明する書類を翻訳。

この場合、読み手は、審査官と呼ばれる科学技術に精通した人です。そして、「その分野に精通した人なら誰でも簡単に理解できる」文章であることが望まれます。

理由① 特許翻訳は自動機械翻訳にもっとも適した分野である

テクニカルライティングに求められる「3つのC」というのがあります。 正確(Correct)、明確(Clear)、簡潔(Concise) 。特許翻訳にもこれらが求められます。

誰が読んでも間違った解釈ができないような、シンプルでわかりやすい文章が必要なのです。そこには、心を揺さぶる美しい言葉や尊敬や謙譲を表す格式ばった表現など必要ありません。

だから、機械翻訳を利用しやすい分野だと思うのです。

しかし、日本の弁理士の先生方は格式のある言葉や従来から使われている特許独特の表現を好まれます。まるで、特許独特な表現を使わないと審査が通らないとでも信じているかのように。

もともと理系人間が多く、あまり文章を書くということに慣れていらっしゃらない方が多いのかもしれません。(個人の意見)

結果、日本語原稿自体の小難しさから特許翻訳は難しいと言われ、特許翻訳者は重宝されてきました。実際、特許翻訳の単価は産業翻訳の中で一番高いです。

例えば、既に公開されている明細書から一例をあげます。

特開〇〇号公報によると、ペーパーに対するプリント処理を行う露光エンジンを有する写真処理装置と、プリント処理の注文を受け付け、写真処理装置にプリント処理を行わせることが可能な端末処理装置と、写真処理装置と端末処理装置をネットワークにより接続したプリント処理システムであって、端末処理装置は、ネットワークに接続される写真処理装置の動作状況を監視する監視部を備えており、この監視部は、写真処理装置においてプリント処理を中断または中止する状態が発生したことを検出する検出手段と、中断又は中止の状態により他の写真処理装置にプリント処理を移管するか否かを判定する判定手段とを備えている。

確かに難解ですよね。それに文が長い!文系女である私は頭がクラクラします。それでも、Google Translateでここまで翻訳可能です。

According to Japanese Patent Application Laid-Open No. 〇〇, a photographic processing apparatus having an exposure engine for performing print processing on paper, and a terminal processing apparatus capable of accepting an order for print processing and causing the photographic processing apparatus to perform print processing A print processing system in which a photographic processing apparatus and a terminal processing apparatus are connected via a network, wherein the terminal processing apparatus includes a monitoring unit that monitors an operation state of the photographic processing apparatus 1 connected to the network. A detecting unit for detecting that a state of interrupting or stopping the print processing has occurred in the photo processing apparatus, and determining whether to transfer the print processing to another photo processing apparatus based on the interrupted or stopped state. Means.

しかし、明らかな文法的なミスや意味の通らない箇所があるので、日本語原稿を少しわかりやすくしてみましょう。

特開〇〇号公報は、 プリント処理システムを開示している。

プリント処理システムは、写真処理装置と端末処理装置をネットワークにより接続している。

写真処理装置は、ペーパーに対するプリント処理を行う露光エンジンを有する。

端末処理装置は、プリント処理の注文を受け付け、写真処理装置にプリント処理を行わせることが可能である。

また、端末処理装置は、ネットワークに接続される写真処理装置の動作状況を監視する監視部を備えている。

監視部は、 検出手段と判定手段を備えている。

検出手段は、写真処理装置においてプリント処理を中断または中止する状態が発生したことを検出する。

判定手段は、中断又は中止の状態により他の写真処理装置にプリント処理を移管するか否かを判定する。

内容には全く手を加えず、文章を短くして主語を明確にしました。これをGoogle Translate にかけてみるとこうなります。

Japanese Patent Application Laid-Open No. 〇〇 discloses a print processing system.

The print processing system connects a photo processing device and a terminal processing device via a network.

The photographic processing apparatus has an exposure engine that performs print processing on paper.
 
The terminal processing device can receive an order for print processing and cause the photo processing device to perform print processing.

In addition, the terminal processing device includes a monitoring unit that monitors the operation status of the photo processing device connected to the network.

The monitoring unit includes a detecting unit and a determining unit.

The detecting means detects that a state in which the print processing is interrupted or stopped in the photo processing apparatus has occurred.

The determining means determines whether or not to transfer the print processing to another photographic processing device according to the suspended or stopped state.

手直しが必要な箇所がいくつかありますが、かなりいい感じです。

Google Translateでこの性能ですから、特許専門の自動翻訳機ならもっと質の高い結果となるでしょう。

このように文を短くしていちいち主語を加えると、日本語としては幼稚で文章というよりは項目の羅列のような感じになりますが、読み手にとっては十分な情報が揃っています。

理由② 日本の将来のためにも機械翻訳に移行すべき!?

先に話した通り、特許翻訳料は産業翻訳の中でも単価が高く、特許出願者である個人または企業は、高額な翻訳料を払って海外特許申請を行うことになります。

海外特許申請費用において翻訳料だけが高額なわけではありませんが、30万、50万する翻訳料がなくなるだけでも、かなりハードルが下がると思います。

ですので、企業、特許事務所はどんどん機械翻訳を取り入れる環境づくりをして翻訳料金にかかる莫大な経費を削減する必要があります。

特許事務所の中には、翻訳料も貴重な収入源となっている所もあるかもしれません。しかし、日本の将来を考えて、弁理士先生や明細書作成者さんには、機械翻訳を念頭においた明細書づくりをしていただき、高額な翻訳料が出願のネックにならないようにしていただきたいと思います。

約20年間、特許翻訳をしてきました。翻訳の際には、過去に出願されたものを参考にしようと類似特許をネットで探します。20年前は、アメリカや日本の文献ばかりが検索結果にあがってきましたが、その数は年々少なくなり、最近は中国、韓国、台湾等ばかりです。

それがいいのかわるいのか私のような一翻訳者にはわかりませんが、寂しい気持ちはぬぐえません。

ということで、特許翻訳の規模は縮小していくような気がします。いえ、機械翻訳に移行しなければならないのです。

現役特許翻訳者からたくさんの反論があると思いますが、 技術の進歩に敏感な方なら危機感はより大きいはず。

しかし、これは一個人の意見ですのであしからず。 また、これが特許翻訳者を辞めた一番の理由ではありませんので、特許翻訳が好きな方にはこれからも頑張って欲しいと思います。

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